息子が不登校になるまで~涙・涙の発表会~覚悟はしていたけれど

スポンサーリンク

幼稚園最後の発表会

あっという間に年が明け、年長の3学期がやってきました。卒園まであと3ヶ月もありません。そして、長男にとっては最後の試練になりそうな「発表会」(いわゆる学芸会)の練習が始まりました。しつこいですが、幼稚園での大きな行事もこれで最後になりそうなので、様々な思いと共に書いておきます。

長男は、年少の時はとても可愛い踊りを、はにかみながらもそれは可愛く踊りました。年中の時は休園していたので、練習も本番も出ずに済みました。

そして年長。最後の発表会。

また私の悩む時期がやってきました。

年長の発表会は、年少・年中の頃の、みんなで歌って踊って終わるだけのようなものからグレードアップし、一人一役、セリフがあります。

セリフ・・・。みんなが見ている前で声を発するなんて、長男には最も難しいであろう課題です。

またまた、長男とも先生とも相談です。

まずは長男の気持ちを聞いてみました。

すると、「セリフは言いたくないけど、最後だから出てみたいような気もするしなぁ・・・」と、なんとも曖昧な答えが返ってきました。

そのまま先生とも話し合いました。

先生は、やはり去年お休みした分、今年こそは最後なので出て欲しいです、と素直な気持ちを伝えてくれました。でも、もちろん○○君の意思が第一です、とも言ってくれました。

長男の意思と、先生の思い、そして私の考えも少し足して悩んだ挙げ句、決めた答えは・・・、

「発表会には出る」「セリフは言わない」

でした。

ワガママに見えるかもしれません。

一人一役、セリフを言ってこその年長の発表会なのに、長男だけ特別待遇のような気もします。有り難さの反面、申し訳ない気持ちにもなります。

みんなとは違うということ

発表会で楽しく歌って踊れる子もいます。大きな声で堂々とセリフを言える子もいます。小さいながらに本当はとても緊張するけれど、何とか頑張って乗り越える子もいると思います。何より、みんなと一緒に一つのものを作り上げ発表する、という喜びや達成感がそこにはあるんだと思います。

でも、長男の場合は違うのです。

歌って踊ることは「不安」です。人前で声を発することは「恐怖」です。みんなと一緒に何かをする時間は「苦痛」に感じてしまうのです。きっと簡単に乗り越えられることではありません。

それが「場面緘黙症」の長男の現実です。

だから、長男に対しては、みんなと同じ価値観で、みんなと同じことを強要することが正しいとは言えないのです。

みんなとは「違う」のだから。

予想通りの発表会ではあったけど・・・

さて、発表会。

長男は、みんなと同じように、長男が希望する役をもらえました。そして、お友達に手を引かれて舞台に出てくると、お友達が長男の代わりにセリフを言ってくれました。長男はお友達の隣で、手を動かして精一杯の演技をしていました。

充分です。よく頑張りました。褒めてあげたかったです。

でも、すべての発表が終わった後、最後の最後に年長さん全員による「歌」がありました。マンモス幼稚園なので、ステージに並んだ年長さんたちは、なかなかの迫力でした。

そして、みんな大きな口を開けて、元気に歌いました。

3曲も。

それを見ていた保護者たちは、感極まって泣いていました。

確かに感動的でした。上手でした。幼稚園の3年間を終え、新たな旅立ちをする子たちの目はキラキラと輝いていました。

はい。長男は・・・。

そうです。一人、口を一文字に固く閉ざしたまま、固まっていました。

「そうだよね、そうなるよね・・・。」と私はいつもの見慣れた光景に、自分を納得させようと必死でした。

あの場にみんなといるだけで充分頑張っているんだよね!と思おうと必死でした。

でも、一人だけ「違う」状況に、涙が溢れてきてしまいました。

みんなと同じように演技は出来なくていい、とみんなと「違う」ことをあんなに肯定していた私なのに、この時ばかりは、みんなと「違う」ことがただただつらく、歌わない長男をまともに見ることが出来ませんでした。

周りの保護者とは違い、感動の涙ではなく、悲しみの涙が止まりませんでした。

歌が早く終わればいい、とずっと思っていました。

・・・でも、

歌の最後の方で、口を一切開けなかった長男が、大あくびをしました。

それを見た時、良い意味で、悲しんでいた自分が馬鹿らしく思え、力が抜けました・・・。

ドッと疲れた発表会は、こうして幕を閉じました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました