「知らない」ことは怖いこと
これもまだ、長男が年中だった頃。
「場面緘黙症」の事も、もちろんその対応の仕方も分かっていなかった時。
先生と私、それぞれが「場面緘黙症」の子にしてはいけない事をしてしまった時の話です。
まずは先生の話から。
登園渋りは相変わらず続き、毎朝送り出すのは至難の業でした。
でも、年中になって、心も少し成長したのかもしれません。
年少の頃よりもっと頑なに、「幼稚園では喋りたくない!」と、私にハッキリ訴えるようになったものの、「頑張ってみる」という前向きな姿も少しずつ見られるようになったのです。
それは、何と言っても、長男に対し先生が常に前向きに対応してくれていたからです。
朝、なかなか教室に入ろうとしない長男を、ある時は気長に待ってくれ、ある時は一緒に手を繋いで入ってくれ、ある時はお友達が声をかけるよう促してくれたりもしました。
さっさと着替えない事がほとんどなのに、たまに一人で着替えられた時は、沢山沢山褒めてくれました。
小さい声でも挨拶が出来た時は、ギューと抱きしめてくれたりもしました。
長男にとって大半がプレッシャーとの闘いだったけど、先生が誉めてくれる事はやっぱり嬉しかったようで、笑顔になる日も徐々に増えていました。
そう、家ではお調子者の長男なんです。
言葉ではあまり発しないけど、態度でふざけて、わざと先生を困らせるような時すらありました。
そんな風に頑張れたり、笑顔が見られるようになっていたからかもしれません。
「喋らない」長男を先生が怒ってしまったことがありました。
約束した挨拶の事だったのか、何かを発表する時の事だったのか・・・、今となっては覚えてはいません。
でも、きっと先生なりに長男が出来そうな事を考えて、約束をしたのだと思います。
それを「やらなかった」長男。
正しくは「出来なかった」長男。
長男には間違っていたかもしれない対応
そこで先生は、年中のマークであるバッジを長男の胸から外しました。
「出来ない子は年少に戻りなさい」という意味だったのでしょうか。
「約束が守れたらバッジは返す」ということだったのでしょうか。
家に帰って来た長男の胸には年中の証であるはずのバッジがなく、長男は今にも泣き出しそうでした。
頑張っていた長男の心がポキっと折れかけました。
そして次の日からまた強く登園を拒んだ上に、
「僕は年中のクラスには行けないんだ・・・」と声を振り絞って私に言いました。
先生は、そんな幼稚園での出来事を私に報告し、私も長男の言葉を先生に伝えました。
その後先生は、長男には間違った対応だったかもしれない、と長男に謝ってくれました。
幼稚園に来る事、教室に来る事だけでも、とても勇気を出して頑張ってくれていたんだよね、と言ってくれました。
先生がそう言ってくれた事がよほど嬉しかったのか、長男はまた年中のバッジを胸に付け、少しはにかんで微笑みました。
親であるからこその間違い
それから私の話。
「最近は帰る時、小さい声でも頑張って「さようなら」と言ってくれるんです」と先生から報告を受けていた私。
挨拶だけはしよう、と日頃からうるさく言っていた私は、その報告がとても嬉しかったのです。
やれば出来るじゃん!とも思っていました。
長男を沢山褒めました。
・・・それがある日。
私が長男を幼稚園まで迎えに行く日がありました。
帰り支度をなんとか終えた長男に、先生はいつものように「さようなら」と言いました。
「・・・。」
長男は無言です。
先生はもう一度「さようなら」と言いました。
「・・・。」
それでも長男は答えません。
それを4~5回、繰り返したでしょうか。
長男は少しふざけた態度をとったまま、何も言わずにいました。
先生は「また明日、頑張って来てね」と笑顔で送り出してくれました。
そんなやり取りを見た私は・・・。
長男をものすごく怒ってしまったのです。
なぜか怒りが収まらず、長男が傷つくような事も、つい言ってしまったかもしれません・・・。
長男はずっと泣いていました。
次の日。
明らかに長男は元気がなく行きたくない様子が見てとれたけど、よっぽど私が怖かったのか、その日はすんなりバスに乗り込みました。
・・・そして夕方、先生から電話がありました。
園に着いた長男は、もちろん教室には行けず、先生が迎えに行くと声をあげてその場で泣いていたそうです。
少し落ち着いたかと思えば、「何もしたくない」と言ったり、また涙を流したり。
自分の机に突っ伏して、ずっと泣いていたかと思えば、疲れてしばらく眠ってしまったそうです。
お弁当を食べようとしても、涙がボロボロと出てきて食べられず、ほとんど手をつけずに持ち帰りました。
着替えも一人では出来ず、先生が全部やってくれました。
あんな長男は初めてで、先生の方が心が痛んだそうです・・・。
苦手な幼稚園で、あんなにも感情をむき出しにして泣くなんて、と。
電話を終え、私の胸は締め付けられました。
「理解してあげること」の大切さ
私が間違っていました。
挨拶が出来なかった長男を叱ったのは、きっと私が恥ずかしかったからなんです。
挨拶も出来ないなんて・・・と体裁を気にしたんだと思います。
それは長男にするべき事ではありませんでした。
いえ、幼稚園での長男にするべきことではありませんでした。
あの時、もしかしたら、私が一緒にいたから安心し、ちょっと照れもあってふざけたのかもしれません。
本当は「さようなら」と言いたかったけど、言えなかっただけかもしれません。
そういう長男の心の葛藤までは理解してあげられず、頭ごなしに怒ってしまいました。
長男に「挨拶」というプレッシャーを押し付け、それに応えられない長男の心の痛みはいかほどだったのか。
私も先生にすべてを報告し、長男に謝りました。
長男はとてもホッとした表情を浮かべ、いつもの笑顔に戻ってくれました。
・・・そして、私達の闘いはまだこれからも続くのです。
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